2015/03/24

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Heinersdorf, 今回は一番最初の散歩で行ったF20の斜め上。14度目にもなると、以前訪れた近くが当たる確立も増えてくるのかな?しかし『どこが当たろうとつまらないことはない』と前回学んだし、うふふ、ちょっと余裕がでてきてる私。

数値の中にある駅はPankow-Heinersdorf。ネットでPankow Hein・・と入力していると、すぐPankow Heinersdorf Ruineと出てくる。どうやら有名な廃墟があって、機関車トーマスにでてくるような操車場が残っているらしい。ということで、今回は廃墟訪問です。久々に義母も一緒。廃墟とか楽しんでくれるかな~とちょっと不安だったので、前もって説明しないで出発!

 

Heinersdorf lokschuppen 01

駅を降りるとすぐにこの建物が見える。機関庫だったこの建物は有形文化財に登録されてるけど、1995年に閉鎖して以来放置されっぱなし。でも大型家具チェーン店のオーナーがここ一帯を買い取り、学校やショッピングセンターを兼ねた住宅地を提案してるけど、この地区の行政と折り合いがつかず、かれこれ10年以上計画は宙ぶらりん状態。

 

Heinersdorf lokschuppen 02

 

Heinersdorf lokschuppen 03

ひろ〜い。私、鉄道ファンでもなんでもないけど、昔は24本ものレールが放射状に敷かれてて機関車が真ん中で回転してたかと思うと、結構ぐっとくるものがある。

 

Heinersdorf lokschuppen 04

 

Heinersdorf lokschuppen 05

 

Heinersdorf lokschuppen 06

何で開発計画が実行されないのか?ちょっと調べてみると、どうやら巨大ショッピングセンター案がネックになっているみたい。そもそも大型家具店のオーナーが土地を購入した時点で慈善事業じゃないことは百も承知だけど、でもね、このプロジェクトのサイトを訪れ計画予定図を見ると、家具店が大きいのはまあ分かるとして、隣りのショッピングセンターも異様にでかい。行政としては街中と同規模のショッピングセンターなんて要らん!地元の小売店を潰す気か?彼らにチャンスを与えるべきだ!と。たしかに、住宅・学校案はおまけにすぎず、家具店への客寄せの為ショッピングセンターを大きくしたいのは一目瞭然で、いくら投資者でもちょっとなり振り構わず過ぎやしないか?って思う。

 

Heinersdorf lokschuppen 07

街一つ造ってしまうほどの影響力を持っているのに、目先の自己利益だけで何処にでもあるようなショッピングセンターを作り、その周辺がどうなろうとおかまいなしって、なんだかお粗末な未来像だなって思ってしまう。これじゃあ行政が首を縦に振らないのも分かる気がする。私には全く関係のない都市開発計画だけど、どこで折り合いをつけるのか興味深い。っていうか、廃墟を訪れ都市計画の方に興味を持つ私も大人になったというか歳をとったなって思う。

 

Heinersdorf lokschuppen 08

更に奥へ行くとある扇形庫。計画だとここに学校を新設する予定となっている。こっちは有形文化財に認定されてないのかな?こんな素晴らしい扇型の建物なんてもう建設されないだろうし、この建物そのものを修復して学校にできないんだろうか?と思ってしまう。残して欲しいなぁ。

 

Heinersdorf lokschuppen 10

 

Heinersdorf lokschuppen 11

 

Heinersdorf lokschuppen 09 

 

Heinersdorf lokschuppen 12

 

Heinersdorf lokschuppen 13

この転車台もそのまま池にするとか、 水を抜いて花壇にするとか・・・できないものかな?

 

Heinersdorf lokschuppen 14

 

Heinersdorf lokschuppen 16

二つの廃墟の間にある、比較的新しい建物の廃墟。作業員の施設だったんだと思う。

 

Heinersdorf lokschuppen 15 

 

Heinersdorf lokschuppen 17

 

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Heinersdorf lokschuppen 19

夕方になっても撮影する人は耐えない・・・。

 

Heinersdorf lokschuppen 20

久々に素晴らしい廃墟を見たし、お義母さんも楽しんでくれたので良かった。うちの近所の廃墟も何かしら撮影してるけど、こっちは知名度もスケールも違って撮影し甲斐のあるロケーション。私も写真を撮ってる途中からお腹いっぱいですというくらい充分雰囲気を堪能しました。昼間だったら廃墟独特の不気味さはなく、というかむしろ週末で天気が良かったこの日は人が多く、相手の写真に入らないよう気をつけながら撮るほどの撮影ラッシュ。その反面、警察もよく巡回しているとどこかのサイトで読んだし、何処の廃墟だろうと自己責任で行くのは当然のこと!です。

 

Heinersdorf 01

 

Heinersdorf moschee 01

2008年に開設した、旧東ベルリン側に初めてできたモスク。開くにあたっては地元の人の反対がかなりあったらしい。ここはイスラム教の女性達の寄付金によって建てられたのでモスクとしては珍しく女性がドームの真下(上の階)で、男性が下の階でお祈りすることになっている。

 

Heinersdorf moschee 03

偶然子供を連れた若い男性に会い、彼がモスクの中を案内してくれた。無理強いせずスマートに中を見せてくれる。地域住民と打ち解け、全てを快く見せるのは彼らの心得としてるところなんだと思う。

 

Heinersdorf moschee 02

 

Heinersdorf moschee 04

 

Heinersdorf 02

すごい豪華な名前の交差点。タクシーに乗って『フィガロ通り○番まで』って言ってみたい。でも名前負けしてる通りだった。

 

Heinersdorf 03

 

Heinersdorf 04

お義母さんがご馳走してくれるというので、大好きなレストランへ行く。

 

Heinersdorf 05

機関庫、素晴らしかったな〜。有形文化財がゆえに壊すに壊せず、廃墟になって手つかずになる建造物はよくある。廃墟の再利用って利益を考えたら採算があわないものだと思う。だからこそ、そういう部分は市が援助するべきなんだけど貧しいベルリンにはそう簡単な問題ではない。今後どうなるにしろ崩れかけた廃墟も歴史の一部なので、あの雰囲気を少しでも残しつつ修復してほしいと切に願う。

 

2015/02/23

C 11

C11

Alt-Tegel 近っ!以前訪れたA10の近く。この散歩は地図の端が当たろうと何があるかな?どんな場所だろう?と想像するのが楽しい。むしろ、散歩に行く前のワクワク感が醍醐味といっても過言ではない。でも今回は以前訪れた場所の二マス下。街中だったら知ってる所でも何かしら見どころがあって飽きないだろうけど、郊外の住宅地で同じ区域はだいたい想像がつく。しかし当たった数値には前に訪れた森の南方が入ってて、またキノコが採れるかも(訪れたのは10月)と思ったのが唯一私達のモチベーションをあげました。ということで、きのこ狩りセットを持って出発!

 

Alt tegel 01

駅名の表示看板と黒いベンチが一体化している。マットなスチールで出来てる駅名とか、さりげなくお洒落。ドイツの工業デザインには本当一目おいてます。

 

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左右で色の違うタイルの壁。珍しくグラフィティーも広告もない!一見殺風景だけど、建築家の意図が分かる気がする。

 

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重要文化建築になっている建物。この建物、以前見た出版社の建物と同じ建築家によって設計されたものらしい。青空に茶色の煉瓦が映えて綺麗だった。

  

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小さな古い駅。調べると、ベルリンが4カ国によって分割、統治された時にフランス軍が建設した軍用駅。

 

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この日はお天気が良く暖かかったので、店先でたくさんの人がお茶していた。ここら辺は店のディスプレイや看板が懐かしい感じなんだけど、お茶してる人々もどこか懐かしかった。

 

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Freie Scholle Siedlung 日本の団地とは趣が違う計画住宅地。1895年に設立され今では1500世帯もあるのだそう。色んな建築家により設計され、その中の一画にあるブルーノ・タウトが手がけた住宅群。重要文化建築にはなってるけど世界遺産のではありません。

 

 

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トリビアな話だけど、ここの住宅地計画を発案したのはグスタフ・リリエンタールという人で、彼のお兄さんは航空パイオニアで有名なオットー・リリエンタール。前々回訪れた散歩で公園の中にぽつねんと立っているお兄さんにお会いしたことがある。



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Pffering=アンズダケだ!と思い採集。ちなみに後で調べたら、まぎれもなくFalscher Peffering(Hygrophoropsis aurantiacaという似非アンズダケでした。ドイツ語では食べてもいいけど人によっては中毒症状を起こすと書いてあるし、日本語だとヒロハアンズダケといって食用かどうか不明、もしくは毒きのことして書かれてるのでやむなく処分。でも誰もいない静かな森で、この鮮やかな色のきのこを見つけるのは楽しかった。

 

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Schloss Tegel テーゲル城 お城というよりはお屋敷って感じだけど、ここはベルリンにあるフンボルト大学を創設したヴィルヘルム・フォン・フンボルトが住んでいたところ。

 

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弟アレキサンダーは博物学者。貴族で兄弟そろって知識人。日本でいうと誰かな?

 

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お城の近くにDicke Marie =太っちょマリーという、樹齢900年以上のベルリン最古の木があるというのでそれを見にいく。そもそもその木はフンボルト家の料理人マリーにちなんでフンボルト兄弟が小さい時に名付けたもの。たぶんマリーさんがふくよかだったんでしょう。

 

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太い幹の中は空洞で支柱が組まれているほど立派な樹で、他の訪問者も写真を撮っている。太っちょマリーも見たしそろそろ帰ろうかと思ったら、フィリップが最古の木はこれじゃないと言い出す。調べるともうちょっと先にあるらしい。もう日が暮れはじめてたので私はどっちでもいいやと思ったけど、せっかくここまで来てるんだから本当のベルリン最古の木を見たいということで探し始める。

 

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一頭の子牛が柵を越えて草を食べにきてた。ん?待てよ。なんで柵を超えられるんだ?視界も狭くなってたのでイマイチ境界線のワイヤーが見えず、私達が私有地と思われる場所を歩いてることに。戻ろうと提案したけど森の中へ繋がっている道を見て”太っちょマリーはこっちの方だし、道が森へ続いてるってことは公道だよ”と、今思えばなんの理由にもなってない返答を信じ森の中へ。

 

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森の中は日が遮られかろうじて道が見えるくらい。道幅はどんどん狭くなっていき、とうとう目の前にフェンスが現れ行き止まり。もう~やっぱり引き返せば良かったんだよぉと泣きが入りはじめた。でもフェンス沿いの草の中に人が歩いた形跡があるのでそれを頼りに歩いていったら、フェンスの向こう側に人が行き来しているのを発見!どうやら水辺の歩道に辿りついたらしく、無理矢理柵を乗り越え歩道へ。

そしてやっと念願の最古の木も見たけど正直さっき勘違いした大木と変わりない・・・。私には不安になりつつあぜ道を歩いていた時、放牧地の片隅に一本だけすっと背筋を伸ばし生えていたきのこのほうが記憶に残ってる。写真を撮る心の余裕なんてなかったけど、今でも目にやきついている。

  

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水は人を落ちつかせる・・・。

 

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この橋も重要文化建築に登録されてる。暗闇にほのかな明かりを灯し、映画のセットみたいですごく情緒のある橋だった。

  

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たとえ一度訪れた場所の近くでも何かしら発見がある。最初のワクワク感は少ないけどつまらないことは絶対にない。

でも森の中で行き止まりに出くわしたときは一人じゃなくても不安だったなぁ。どうやら私達、本当に私有地を歩いてきたみたい。