2015/08/05

Q 18

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Neukölln, 以前訪れたR17の右斜め上。どうやらR17とF20はホットスポットらしい。 

 

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葬儀屋のディスプレイ。個人経営のお店のディスプレイはある意味どれも見応えあるんだけど、葬儀屋は特別。死とか永遠をテーマにした表現って抽象的で難しい。

 

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Frauenklinik Neuköln 元産婦人科病院。去年R17散歩の帰りにバスの中からこの建物を見て、いつかこの地区が当たったらここに来ようと思ってたところ。廃墟好きには有名な場所で以前はかなり無法地帯だったらしくパーティーなど行われたりしたけど、今は厳重な管理下におかれている。

 

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1914〜1917年戦時中に建設されたって刻まれてるけど、この当時新生児の生存率がかなり低くなんとか健康に育つよう設立されたらしい。当時の政治家の発言に、今後も周辺国との戦いに必要になるであろう戦闘力を養うために〜というくだりがある。時代とはいえ直接的で恐ろしい。

 

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敷地内を歩いている管理人さんっぽい人。

 

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24時間態勢で警備されてるとネットに書かれてたけど、管理人さんがここで寝泊まりしてるのかな。

 

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向かい側の団地のような建物も全て廃墟。この日は週末だったせいか車の行き来も少なく、左右両方とも全て廃墟でなんとなく不思議な雰囲気だった。今はここ一帯に集合住宅を建設する計画がある。

 

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GERMANIAという響きが、ヒットラーが構想してた世界首都ゲルマニアを思い出させる。

 

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環状線の内側に入るとガラッと雰囲気が変わり、移民系家族と若者が多くなる。

 

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Flughafen Berlin-Tempelhof 元テンペルホーフ空港、週末は人で賑わうんだけど、この日は不安定な天候だったので人が少なかった。

 

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地域住民による家庭菜園。

 

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去年この空港跡地に図書館と集合住宅を建てるプロジェクトを実行するかしないかの住民投票があったんだけど、現状維持のほうが多数でこのまま残ることに決定。その後、空港建物そのものを図書館として再利用するという案も出たらしくそれはすごく良いと思うんだけど、図書館として充分なスペースはないということで却下。まあ図書館にしても出費ばかりで収入ないし・・・それが本音かな。

 

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空港跡地の周りは特にお洒落なカフェが増えてて週末ともなると若者で賑わっている。だからこそ、こういう昔っからの飲み屋が残ってると頑張れ!って応援したくなる。

 

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家賃高騰、近代化...、対処は? 1. 書類にサインしないこと 2. 隣人と話し合う 3.相談所へ行く、などなど。

 

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ノイケルンは今もっとも急成長している地区で、空港跡地の周辺は特に国内外の若い富裕層がこぞって引っ越してきている。ここは元々貧しい地区で、移民系の人が多く住んでた所にクリエイティブだけどお金のないアーティストなどが住みはじめ、その後若者が流れてきて活気が増すと、それに気づいたクリエイティブな環境に興味のある若い小金持ちが世界中から引っ越して来て、大家も不動産屋も需要があるからいくらでも家賃値上げして・・・と、まさに見本のようなジェントリフィケーションが起きている。

 

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ノイケルン地区の情報誌。この中にもこの日見た病院跡地の住居計画についての記事があって、ある政治家がもともと貧困層が多い地区だけど新しい賃貸住宅は地元民も入居できる家賃なのか?という問いに対し住宅プロジェクトの責任者は、以前マザーテレサと共にボンベイのスラム街で働いたことがあり、本当の貧しさを見てきた私に言わせればドイツに貧困なんてない。と答えてるんだけど、彼はマザーテレサの元で何を学んだんだろうか?しかもここで比較の為に名前を持ち出される彼女もたまったもんじゃないよね。

通りすがりの道ばたで聞こえてくる様々な言語。何年か前まではまだ治安が悪いとか言われてたのに、この地区のジェントリフィケーションは加速度を増して進んでいくと思う。

 

 

2015/04/24

G 20

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Weissensee, 何か磁気なり引き寄せるものがあるのだろうか?ここ何回か立て続けに、以前行った所の斜め上なり真横なり、今回も一番最初に行ったF20の真下。しかもその区域は集中して3カ所目。Gにいたっては4度目!30 x 23で690ものブロックがあるのに、どうしてこうも同じ区域ばかり当たるんだろうか?

でもこれが運なんだから仕方がない。けど不思議・・・。

 

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Der Jüdische Friedhof Weissensee, ヨーロッパ最大のユダヤ人墓地。1880年に設立され激動の時代を駆け抜け現存している。一番最初に思うのは、ナチスによって多くのユダヤ人墓地が破壊されてるのに、何故ここは壊されなかったのか?ってこと。調べていくうちに、この墓地についてのドキュメンタリー映画に辿り着く。その中で当時のことを知っている人が、噂によるとナチスがこの墓地にはゴーレムがいるという迷信を信じ手をださなかったとかなんとか・・・。話としては面白いけど、ナチスにそんな可愛げがあるとは思えない。別の人は、戦争がもっと長引いていたら分からなかったけどここを壊すまで手が廻らなかったのでは?とのこと。こっちの方が説得力ある。

 

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男性訪問者のみ帽子を持参してない場合は、写真の後方にいる男性のように入口でこの帽子を借りて被らないといけない。帽子持参しててよかった~とフィリップは言ってたけど、ちょっと被ったところを見たかった気もする。

 

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日本と違って墓地は公園のように散歩するところ。私達もこの行き当たりばったりの散歩で幾つかの墓地を訪れている。でもここはとにかく広くて、後で地図を見たら敷地の半分も歩いてなかったみたい。

 

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街中で気になる建物、特に手つかずになっている小ぶりの元工場や工房などを見ると、二人の間で『もしもここに住めるなら住む?』と想像するのがお決まりになっている。で、ここはというと、建物は修復したら面白くなりそうだけど立地があんまり良くなかったかな?って、言う分にはタダだからね。私達の地味で暗い、でも楽しい趣味の一つ。

 

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F20の散歩でこのアイス屋さんを訪れたなぁ。げつよう散歩を始めて一年経ちました。感慨深い。

 

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話はユダヤ人墓地に戻り、ドキュメンタリーの中で、設立当時からいづれは墓地を横断する道路計画があるのは承知してたので、その部分は最初から墓碑を建てずにおいてたんだけど、激動な時代のせいか道路が建設されることはなく、でも70年代にまた話が浮上した際に当時の東ドイツ首相ホーネッカーが、歴代の統治者達が建設しなかったんだから私達が造る必要はないといってそのプラン自体を破棄したらしい。お見事!だから森のように広大な墓地が残っているのね。

 

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それで思い出したのは、友達が私達のこの散歩を考慮してクリスマスにくれた1946年のベルリン地図。ふと思い出してそれを見たら、墓地の中を点線で道が横断してた!ドキュメンタリー映画は墓地のことを更に興味深くしてくれたし、友達の気の利いたプレゼントにも感謝!