2015/09/25

U 19

20 U19

Grossziethen, また元国境付近。今回は南の境目。国境以外な〜んにもなさそうなので自転車を持って行く。

 

Grossziethen 01

 

Grossziethen 02

 

Grossziethen 03

 

Grossziethen 04

一見なんの変哲もない道だけど、ここが元国境。右側が西ベルリンで左側は旧東。

 

Grossziethen 05

歩いて来た道を振り返ると狭いのに小さな中央分離帯があって、左右で違う名前がついている。右側の新しく舗装された道と家々は当時無人地帯だったはず。壁がなくなり家々が建ち、言われなければここに壁があったとは思わない。そういえば街中の観光地の壁を除いては、今まで訪れた跡地は”あひるのくちばし”以外、見事に何も残っていない。一欠片だけでもオリジナルの位置に残ってたら、これがずっと続いていたんだ〜と想像できるのになぁ。でも当事者にとっては忌々しいもので歴史的価値とか興味ないかな?

それにしてもなんで左側にある道と同じ名前をつけなかったんだろう?でもこういう不自然な痕跡を見るとなにかしら歴史が見えてくる。

 

Grossziethen 06

実はすごい面白いサイトがあって、1989年(壁崩壊の年)と現在のベルリンを航空写真地図で比べられる画期的なもの。ベルリンの壁を俯瞰図でぐるっと一周見ることができ、右上端にあるボタンをクリックすると同じ場所の今に切り替わるようになってる。

mauerweg.morgenpost.de

このサイトを見つけてからは元国境付近を散歩した後、以前はここどんな感じだったんだろう?とチェックするのが楽しみの一つ。今と昔の地図を同時に見れる機能は他でもあるらしいけど、このサイトは壁の要所要所の出来事や当時の写真・説明も載っていて、さながら博物館を訪れてるような感覚。残念ながらドイツ語だけなんだけど、ベルリンの壁全体を捉えるにも最適だし写真を見るだけでも楽しい。とにかくウェブサイトとしてすごくよく出来てる。

 

Grossziethen 07

 

Grossziethen 08

 

Grossziethen 10

 

Grossziethen 9

 

Grossziethen 14

以前そっくりなお家を見たことがある。

 

Grossziethen 11

 

Grossziethen 12

道にぽつねんとあるバス停留所。夏は清々しけど、冬はここでバス待ちたくないな・・・。

 

Grossziethen 13

 

Grossziethen 15

壁の道を北上する。

 

Grossziethen 16

 西側に入ると人も建物も全てが一気に西ベルリンっぽくなる。

 

Grossziethen 17

何が西ベルリンっぽいって、なんともいえないトラッシュな感じなところ。

 

Grossziethen 18 

 

Grossziethen 19

 

Grossziethen 20

 

Grossziethen 21

お手入れが行き届いているせいか、そんなに古く見えないけど150年前からある風車だそう。現役で、写真では分からないけど結構な勢いで回ってた。

 

Grossziethen 22

 

Grossziethen 23

それにしても私達の散歩、元国境、しかも西ベルリンの外側の国境=ブランデンブルク市との境目がよく当たる。それだけ地図の端ばかり訪れてるってことだな。そろそろ、ホントそろそろ街中にも行きたい・・・。

 

2015/09/13

Q 2

19 Q2

Kladow, Q2ってことは地図の左端。Havel川の向こう岸、そしてまた元国境付近。まずは、どうやって行くんだ?と地図を見たら川を渡る連絡船があってしかも電車の切符で渡れるらしい。散歩というよりはちょっとした遠足気分。お弁当を持って出かける。

 

Kladow 01

 

Kladow 02

 

Kladow 04

どこかで見たことがあるロゴ。調べたらオリジナルはChiemseeというスポーツウェアのレーベルだった。

 

Kladow 03

いづれ行きたいteufelsbergが遠くに見える。行きたきゃクジに関係なくそこへ出向けばいいだけの話なんだけど、時間があるとやっぱり行き当たりばったりに魅力を感じクジを引いてしまう。だからいつか当たるといいなぁ。

 

Kladow 05

 

Kladow 06

 

Kladow 07

 

Kladow 08

 

Kladow 09

 なんだか重装備なセキュリティー。このお家、セキュリティーの学校でした。教材の一つなんだろうね。

 

Kladow 10

いつも国境付近が当たるので様々な元国境ポイントを知ることになる。この赤色の線は元壁があったところ。私達は黄色い線のMauerweg=壁の道を北上していくことに。

 

Kladow 11

遊歩道の手前に歩道と同じ幅の石畳がうっすら見える。この位置は旧東側の壁の内側だったところだから監視の人達が使ってた道かな?今はなんてことない平凡な遊歩道なのに、26年前は左右で違う国だったと思うと凄いよね。

 

Kladow 12

Gross Glienickerという湖の淵に辿り着く。この湖は南北に細長くあるんだけど、湖の真ん中を国境が縦断してたらしい。

 

Kladow 13

湖の脇を北上していったら砂浜に辿り着いた。まだ冷たかったのかな?この女性10秒ぐらい泳いですぐ戻ってきた(笑)。

向こう岸は旧東ドイツ。国が分かれてた頃、東側は湖の淵を全て壁で覆い、西側は夏は水浴、冬は凍った湖面でスケートと市民の憩いの場だったらしい。西側から撮った当時の写真を見つけたんだけど、対岸にある壁の景観がなんともいえない・・・。

 

Kladow 14

さて、そろそろ帰ろう。また船に乗って向こう岸へ。 

 

Kladow 15

 

Kladow 16

鳥も巣に戻りはじめた。

 

Kladow 17

 

Kladow 18

 

Kladow 19

 

Kladow 20

今回は特に何を見たという感じではなかったけど船に乗ったことでちょっとした旅気分だった。やっぱり水の上はどこか気分を高揚させる。

それにしても今回”国境”って何度書いたかしら?旧東側の人はあんな綺麗な湖の近くに住んでいても近寄れず、壁が崩壊するまで湖を見ることさえなかったって想像するだけもすごい世界。元国境付近はどの場所もそういう不条理なことが多くそれはそれで面白い発見なんだけど・・・とにかくこの散歩、国境付近当たり過ぎ!

 

2015/08/05

Q 18

18 Q18

Neukölln, 以前訪れたR17の右斜め上。どうやらR17とF20はホットスポットらしい。 

 

Neukoelln 01 

 

Neukoelln 02

 

Neukoelln 03

葬儀屋のディスプレイ。個人経営のお店のディスプレイはある意味どれも見応えあるんだけど、葬儀屋は特別。死とか永遠をテーマにした表現って抽象的で難しい。

 

Neukoelln 04

 

Neukoelln 05

Frauenklinik Neuköln 元産婦人科病院。去年R17散歩の帰りにバスの中からこの建物を見て、いつかこの地区が当たったらここに来ようと思ってたところ。廃墟好きには有名な場所で以前はかなり無法地帯だったらしくパーティーなど行われたりしたけど、今は厳重な管理下におかれている。

 

Neukoelln 06

1914〜1917年戦時中に建設されたって刻まれてるけど、この当時新生児の生存率がかなり低くなんとか健康に育つよう設立されたらしい。当時の政治家の発言に、今後も周辺国との戦いに必要になるであろう戦闘力を養うために〜というくだりがある。時代とはいえ直接的で恐ろしい。

 

Neukoelln 07

 

Neukoelln 08

敷地内を歩いている管理人さんっぽい人。

 

Neukoelln 09

24時間態勢で警備されてるとネットに書かれてたけど、管理人さんがここで寝泊まりしてるのかな。

 

Neukoelln 10

 

Neukoelln 11

 

Neukoelln 12

向かい側の団地のような建物も全て廃墟。この日は週末だったせいか車の行き来も少なく、左右両方とも全て廃墟でなんとなく不思議な雰囲気だった。今はここ一帯に集合住宅を建設する計画がある。

 

Neukoelln 13

 

Neukoelln 14

 

Neukoelln 15

 

Neukoelln 16

GERMANIAという響きが、ヒットラーが構想してた世界首都ゲルマニアを思い出させる。

 

Neukoelln 17

 

Neukoelln 18
 

Neukoelln 19

 

Neukoelln 20

 

Neukoelln 21

 

Neukoelln 22

環状線の内側に入るとガラッと雰囲気が変わり、移民系家族と若者が多くなる。

 

Neukoelln 23

Flughafen Berlin-Tempelhof 元テンペルホーフ空港、週末は人で賑わうんだけど、この日は不安定な天候だったので人が少なかった。

 

Neukoelln 24

 

Neukoelln 25

 

Neukoelln 26

地域住民による家庭菜園。

 

Neukoelln 27

 

Neukoelln 28

去年この空港跡地に図書館と集合住宅を建てるプロジェクトを実行するかしないかの住民投票があったんだけど、現状維持のほうが多数でこのまま残ることに決定。その後、空港建物そのものを図書館として再利用するという案も出たらしくそれはすごく良いと思うんだけど、図書館として充分なスペースはないということで却下。まあ図書館にしても出費ばかりで収入ないし・・・それが本音かな。

 

Neukoelln 29

空港跡地の周りは特にお洒落なカフェが増えてて週末ともなると若者で賑わっている。だからこそ、こういう昔っからの飲み屋が残ってると頑張れ!って応援したくなる。

 

Neukoelln 30

家賃高騰、近代化...、対処は? 1. 書類にサインしないこと 2. 隣人と話し合う 3.相談所へ行く、などなど。

 

Neukoelln 31

ノイケルンは今もっとも急成長している地区で、空港跡地の周辺は特に国内外の若い富裕層がこぞって引っ越してきている。ここは元々貧しい地区で、移民系の人が多く住んでた所にクリエイティブだけどお金のないアーティストなどが住みはじめ、その後若者が流れてきて活気が増すと、それに気づいたクリエイティブな環境に興味のある若い小金持ちが世界中から引っ越して来て、大家も不動産屋も需要があるからいくらでも家賃値上げして・・・と、まさに見本のようなジェントリフィケーションが起きている。

 

Neukoelln 32

 

Neukoelln 33

ノイケルン地区の情報誌。この中にもこの日見た病院跡地の住居計画についての記事があって、ある政治家がもともと貧困層が多い地区だけど新しい賃貸住宅は地元民も入居できる家賃なのか?という問いに対し住宅プロジェクトの責任者は、以前マザーテレサと共にボンベイのスラム街で働いたことがあり、本当の貧しさを見てきた私に言わせればドイツに貧困なんてない。と答えてるんだけど、彼はマザーテレサの元で何を学んだんだろうか?しかもここで比較の為に名前を持ち出される彼女もたまったもんじゃないよね。

通りすがりの道ばたで聞こえてくる様々な言語。何年か前まではまだ治安が悪いとか言われてたのに、この地区のジェントリフィケーションは加速度を増して進んでいくと思う。