2014/09/25

A 15

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Lübars 今回はフィリップのお母さんがゲスト参加。ベルリンへ来たら是非一緒に行きたかったそうだ。せっかくなので義母にクジを引いてもらう。お義母さん15、フィリップがA。Aってことは地図の上端、ベルリンとブランデンブルク市の境目。なんか端ばっかり行ってるな・・・。

 

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ベルリンで一番古い公衆電話。重要文化財に認定されてる。

 

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前回に続き、また麦畑のあぜ道を進む。

 

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お義母さんが穀物の種類を教えてくれた。上方の穂が垂れてるのはRoggen (ライ麦)、下方にある穂の周りにひげが付いてるのはGerste (大麦)。

 

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そしてこれはRaps、いわゆる菜種。5月にはちょっと郊外へ行くと、鮮やかな黄色の菜の花畑をあちこちで見かける。房の中の種が黒くなると収穫するらしい。

 

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大きい公園にたどり着く。丘の一番上に立つと牧草地帯の向こうにかなり大規模な団地が見える。私とフィリップだけだったらそこまで行ったが、お義母さんはお疲れモード。私達の散歩はがっつり歩くので年齢関係なく疲れると思う。

 

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どうってことないのどかな田園風景だけど、ここはBerliner Mauerweg=ベルリン壁の道、元国境。以前はこの牧草地帯に地雷が埋まってて、警備隊と犬が巡回してたんだろうなぁ。

 

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そして後方には、第二次世界大戦中ソビエトから強制労働者として連れて来られたけど、労働力にならなくなった人を収容した建物がここにあったことを説明する看板が。最悪の衛生状態、食料/医療不足で少なくとも700人は亡くなったらしい。ふぅ~、重い。今見えるのはただの原っぱなのに想像すると重い。でもこれが忘れてはならない事実。

市街地図の端へ赴くということは、自然と元国境付近を廻ることになる。ベルリンの壁めぐりに集点をあててるわけじゃないけど運でそこを訪れ、見ざる・知らざるをえない。戦後取り締まりが厳しくなっていく中、西へ逃げた義母の体験話を聞きながら3人で"壁の道"を歩く。これも運。

 

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遠くにテレビ塔が。そろそろ街中当たらないかな・・・。